2015年05月27日

生活のリスクマネジメント Vo.5

「食のガヴァナンス」※ビジネスリスクマネジメント記事より

生活のリスクマネジメントの最終章です。
「食のガヴァナンス」能力は、すべての生物に与えられている“生きていくための本能”、として捉え、現代社会においてこの日常当たり前のことをマネジメントできない破壊的現象が存在することを警鐘しています。

■危険ドラッグの危うさ
産業革命以降の近代社会は、産業の発展とともに自然破壊を伴ってきたことはよく問題にされますが、破壊されてきているものは、私たちの生活を取巻く周囲の自然環境のみならず、私たち人間自身に与えられている“生きていくための本能”そのものといえるかもしれません。

「危険ドラッグ」の危うさは、対象薬物の成分本質の作用だけにあるのではなく、「乱用」というひとつの社会現象(専門知識のあるものが法の規制をかいくぐって次々に合成して市場に流通 → 誰もが安易に使用できる環境 → 専門知識・技術の乱用、市場・流通の経済システムの乱用、個人が薬物を使用する際の脳能力の乱用)が“生きてく本能”と「自主管理能力」を破壊していくところにあるのではないでしょうか・・・。

■サプリメントの危うさ
サプリメントは、日常の食事で不足がちな栄養素を補足して供給するものという意味です。栄養素は、糖質(炭水化物)・タンパク質・脂質の三大栄養素とビタミン・ミネラル等の微量栄養素に分けられ、三大栄養素が作用するためには微量栄養素が必要であることが基本となっています。日常の食事では、カロリー中心でこの微量栄養素が不足になりがちなため補足して供給しなければならない状況にあります。

近年のサプリメント業界は、栄養補助から機能性を価値付けに特化する傾向になっています。人間の生命にとって、食品がどのような機能をはたしているのか綜合的に認識しようとする意図から、特定の機能成分が私たちの身体における免疫系、内分泌系、神経系、循環器系、消化器系等の生理系統にどのような影響を及ぼすかに関心が集中するところになっています。日常の食事の大切さを忘れ、機能性成分についての枝葉末節な情報に熱中、金儲けの気まぐれな熱狂的反応に傾注するフードファディズム現象を引き起こしています。このような傾向は、「食の自主管理能力」を退化させていく危うさをもっています。

■医薬品の危うさ 
医薬品は、人間の自主管理能力が危機にある場合に医師(他人)が医療介入するためのツールとして活用するために作られているものです。
この医薬品の危うさは、人間の自主管理能力の危機状態を専門家による他社管理に置き換えて引き伸ばし、自主管理能力を退化させて他者管理への依存を固定化させる結果になり易いことでしょう。


以上の3つの危うさが、食のガヴァナンスを危うくするものであることを認識しましょう。さて、人間という生物にとっての栄養を理解し、食事行為についての自主管理能力を不断に向上させて、一人前の大人になるためには何が必要なのでしょう。

1) 生きていくための本能を、嗅覚・味覚で鍛える。

鼻と口は腸の入り口で、口にいれるものについて生きるために必要か否かを本能的 にチェックする場あります。人間は、残念ながら生物として大切な嗅覚・味覚が退化しています。ビタミンB1の発見者である鈴木梅太郎氏は「吾々がどうして生きているのか、またどうしてら健康を保ち天賦の能力を十分に発揮することが出来るかと云うことは人生最大の問題であるに拘らず、これを考慮するものが存外少なく、寧ろ食べ物に等に頓着しないことを誇りとしているものが多いことは遺憾の至りである」と語られたそうです。

生きていくための生物本能の退化が、最大のリスク(危うさ)です。この本能の退化は、生まれたときから予防していく必要があるので、親子一緒の食育が何より大事になります。

2) 腸能力を低下させ、脳能力を乱用する生活習慣を改善して、頭をまともに働かせて考える。

「腸能力を低下させ、脳能力を乱用する生活習慣」が知らずしらずの内に形成されていきます。そもそも「食事」は自主管理能力を高めていくための行事です。食べ物を食べる事は、不断にいのちを生み出している自然の間のなかで行わなければならない事ですから、頭をまともに働かせて考えながら行う事です。

腸能力を活性化して、脳能力をうまく活用しながら実践するのみです。

3) 循環型健康社会づくりに、積極的に参加して活動する。

「アグロ・メディカル・イニシアティブ(AMI)」より優れた農林水産物の生産、加工、流通、消費が促進される最適なバリューチェーンを構築し、国民の豊かな食生活の実現を通じて、健康で安心できる社会づくりへの貢献を目指す医農協創による循環型健康社会づくりを企画するプロジェクトがあります。医学や農学の専門家だけでは実現できるものではなく、誰もが日常生活の場を活用して参加・協働することで実現可能なものです。

具体的な実践は、ひとりひとりの日常生活です。日常生活で実験し身をもって学んでいくことが「食の生活習慣リスクマネジメント」です。

日本リスクマネジメント協会正会員 仲田昌弘


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2015年04月30日

生活習慣のリスクマネジメント Vol.4

ライフリスクの為の準備 その2
「運動の仕方/日常生活の仲での身振り・しぐさ・振る舞い」

前回は、運動量、運動基準について述べました。日常生活において、このバランスが崩れると次の様な結果となります。
生活習慣病の「温床」としてメタボリックシンドロームが話題になり、病気の発症、進行を予防するものとして、特に「肥満」が挙げられこれをターゲットした特定健康診査(※)及び特定保険指導があります。「メタボ健診」と巷では称されています。
※40歳〜74歳までの公的医療保険加入者を対象
メタボリックシンドロームの判定項目・基準値は、下表に示します。
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この結果・判定が「メタボ」を受けた対象者には、「生活習慣の改善の取り組みが必要」とのことで保健指導・「特定保険指導」(※)を受ける事が進められます。
※「動議付け支援」と積極支援」の2タイプがあります。
積極的支援の取組を下表に示します。
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健康診査の結果は、自覚症状がなく、日常生活に負担がないケースでは、将来の重大な病気(例えば、脳血管障害、心筋梗塞、癌など)に罹る危険(リスク)がある状態と思う方は少ないでしょう。日常の現実に追われて将来など見据える、ましてリスクを増長して健康管理を想像することは稀でしょう。また、認識したくない行為の一つです。そして、自分は大丈夫、たいしたことはない、そのうちに・・・と先延ばしにしがちです。
この様な心理状況を考慮して、生活習慣病について解決すべき課題をリスクマネジメント風に問題点を整理し、解決すべき課題の設定を試して見ましょう。


1. 日常生活は、仕事でも個人的生活でも、習慣化した「身体の動かし方」(身振り・しぐさ・振る舞い)から成り立っています。その「慣れ」のために何か問題があってもそれが隠蔽されていて顕在化していません。身振り・しぐさ・振る舞いは他人が見ると問題点は感じる事ができますが、本人は「慣性の力」が働いていて、その問題を感じることすらできません。緊急事態に遭遇してはじめて、その問題に気づくというのでは遅いのです。

2. 「生活習慣が病気の原因」であるとか、「生活習慣が悪い」とかいう認識ではなく、「生活習慣には、必ず問題が内包している。」という認識をすることが大切です。

3. 「生活習慣に内包する問題」は、潜在リスクです。これを「見える化」することでリスク回避を図ります。その方法は、「いつもと違った動きをする運動」を意識的にすることです。前回に記載した運動エネルギーを参照して下さい。意図的運動の効用は、生活習慣に内包する潜在リスクを見える化させることです。

4. 生活習慣の改善」を目的とした健康診査(健康チェック)の意義づけを明確にし、病気の早期発見(早期診断)のための「検診」との役割の違い、目的の違いを理解し、活用する必要があります。


「ひとの振り見て我が振り直せ」ではありませんが、顕在化していない問題点を予防する「意図的運動」を心がけてみましょう。
ちなみに、あなたのBMI値は? 
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意図的運動の目標を探って見ましょう!!
日本リスクマネジメント協会正会員 仲田昌弘


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2015年03月27日

生活習慣のリスクマネジメント Vol.3

「食について考える」※ビジネスリスクマネジメント記事紹介

「食」は生きるための最も基礎的なものですが、日常的で当たり前なものであるが故に軽視されがちです。人間という生物にとって「食」とは何かを認識する必要があります。「食品」・「食事」について正しく理解し、日常の生活に取組むことが「生活習慣のリスクマネジメント」につながります。

★人間という生物にとっての「食」
生物は、細胞から構成されていてその細胞一つ一つすべてが、外部からエネルギーを能動的に吸収し、それを位置エネルギーと運動エネルギーに変換して生きています。生物にとっての「食」は、生体エネルギーの能動的吸収のことを意味します。
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※ビジネスリスクマネジメントNov.2014.11より


「能動的に吸収するエネルギー」を栄気といい、その栄気を養うことを栄養と言います。
人間は、約60兆個の生体細胞とそれに常在する10倍以上の微生物との「共棲体」で、それらの細胞すべてが生物にとっての「食」を営んで栄気を養っています。食物を口から入れて摂取する「食行為」は大切な意味があります。また、人間の腸能力(栄養の吸収)には、栄養機能以外にとても重要な機能があることが解ってきています。一つは神経内分泌機能、「腸は第二の脳」・「脳が考える」といった機能です。
もう一つは自然免疫機能という「自分という存在をはっきりさせるはたらき」を持つ機能です。人間の食行為の特性は雑食、自然界に存在する動物・植物・菌をいつもまとめて摂取します。自然界の中で「自分とは何かを考える」という意味の自然な行為と言えるでしょう。ダイエット(diet)は人間のこのような食行為を示すものであり、dietの語源はギリシャ語の「ディアイタ」で“生きる道・生き方・人生の創造”のような意味です。これは自主管理能力に繋がります。

★「医」と「食」の違い
大雑把なリスクマネジメントのフレームワークとして「医」と「食」の違いを理解しましょう。
「医」は、専門家が管理コントロールすることで、本人が自主管理できなく、どうしてよいのかわからなくなった時の「応急対応」です。一方「食」は、どんな食べ物をどのように食べるかということで、本人自身の行為です。自己選択による自主管理としての「食」です。現代人の一番の課題は、自己選択による自主管理能力が低下・退化していることではないでしょうか?
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※ビジネスリスクマネジメントNov.2014.11より
     
                       
★食の生活習慣の問題
第一の問題は、カロリー偏重の誤った栄養学に誘導された考え方が現代人のマインドに浸透していることです。カロリー偏重の誤った栄養学の根底は、動力機械が燃料を燃焼させたエネルギーで動くことと同じように、身体(特に筋肉)は食物という燃料を燃焼させて発生したエネルギーで動くと認識したことです。
最新の生理学では、筋肉組織だけでなく生物(微生物も植物も動物も)の動きは、アクチンというタンパク質のフィラメントの上をミオシンというタンパク質のモーターがATPをエネルギー源にして動くことが基礎になっており、燃焼エネルギーで動く動力機械とは全く違うのです。ATP(※)に代表される生体エネルギーは、生体を「発生」・「再生」させることにより「動かせ機能」をするものであって、燃料を燃焼させて生じるエネルギーのように機械を動かす機能はあっても、その機械を再生する機能を持たないものとは異なります。燃焼エネルギーは機械を動かすことによって相互に消耗させていきます。
 
※ATPというのは、生体内に広く分布し、リン酸1分子が離れたり結合したりすることで、エネルギーの放出・貯蔵、あるいは物質の代謝・合成の重要な役目を果たしているヌクレオチドである。すべての真核生物がこれを直接利用している。生物体内の存在量や物質代謝におけるその重要性から「生体のエネルギー通貨」と形容されている。Wikipediaより

第二の問題は、食事は食べ物を消費する行為であると思わされていることです。日常生活の衣食住のうち、「衣」・「住」は生活のなかで衣類、住居の設備品類等を使って消費します。様々な物品を“消耗→廃棄”といった消費をして生活を維持しています。しかし、「食」は人間の栄養の基礎で、生命を維持するために不可欠なものです。食べ物を消費するものではなく、生命を維持するために消化・吸収してそのエネルギーを活用するものです。身体が生理的に要求して活用したいと欲する範囲内の食べ物は消費ではありません。我々は往々にしてこの範囲を超えて食物を「浪費」します。そして食物の浪費には、不要な余分のエネルギーを使わなければなりません。食物の浪費は、必ずエネルギーの浪費を伴います。人間は、食べ過ぎて生体エネルギーを浪費し、マネーエネルギーをも浪費します。その結果、体内及び対外における自然生態系のエネルギー循環代謝を障害してしまいます。これが、現代社会の人間に特徴的に現れている「メタボリックシンドローム」です。
第三の問題は、食の自主管理能力の欠如です。

以上、現代人の食の生活習慣の課題は、

“食のガバナンス”
=「人間という生物にとっての栄養を理解し、食事行為についての自主管理能力を不断に向上させて、一人前の大人になること」

次回はこの課題をより具体的に紹介します。

日本リスクマネジメント協会正会員 仲田昌弘
 

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2015年01月29日

生活習慣のリスクマネジメント Vol.2

ライフリスクの為の準備その1「運動の仕方」

~生活習慣病予防のために~身体活動量・運動量及び体力の基準値が「健康づくりのための運動基準2006―身体活動・運動・体力―」(運動基準)として「運動所要量・運動指針の策定検討会」において示されました。
 この運動指針では、身体活動、運動、生活活動を次の三つに定義されています。(図1にその概要を示します)

1「身体活動」
 安静にしている状態より多くのエネルギーを消費するすべての動きのこと
2「運動」
 身体活動のうち、体力の維持・向上を目的として計画的・意図的に実施する運動
3「生活活動」
 身体活動のうち、運動以外のものをいい、職業活動上のものも含む動き

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*引用<エクササイズガイド2006>


私たちの身体が動かされて動いている時「生理的基礎代謝状態」=身体活動量「ゼロ」を安静状態といい、その基礎代謝量を“個人の基礎代謝整理活動状態”「Metabolic EquivalenTs」METs:メッツで表わし、1メッツを身体活動の強さの単位としています。
また、身体活動の量の単位を身体活動の強度(メッツ)に身体活動をした時間の長さを掛け合わせて「メッツx時間(h)」エクササイズ「Ex;Execise」で表わします。

この身体活動の強度と量をベースにした健康づくりのための身体活動量の目標は、週23エクササイズ以上の活発な身体活動(運動・生活活動)を行い、そのうち4エクササイズ以上の活発な運動を行うことと提案されています。この目標に含まれる活発な身体活動とは、3メッツ以上の身体活動でそれ未満の弱い身体活動は目標に含みません。図2に1エクササイズに相当する活発な身体活動を示します。

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*引用<エクササイズガイド2006>


活発な身体活動を行うと、消費エネルギーが増えて身体機能が活性化することにより、糖や脂質の代謝が活発となり、内蔵脂肪の減少が期待されます。その結果として血糖値や脂質異常、血圧の改善により生活習慣病の予防に繋がります。
また、運動による消費エネルギーの増加と体力の向上も生活習慣病の予防に効果があるとされています。
生活習慣の改善を目的として運動を行う場合には、
1)自身の体が発している身体感覚情報を感知する感受性を普段から養う
  (自分の体とのつきあい)ことが重要
2)具体的な運動方法を指導の下でスタートすることがポイント。
  生活活動とは別な運動を身体で経験し、実際に運動しながら自分の運動
  メニューを自分で作成する

自発的な計画・意図がなによりも大切なことです。リスクマネジメントの基本のPDCAです。
年末・年始の行事でカロリーオーバーになっている諸氏! 寒い時期ですので、十分に注意をしながら取り組んで下さい。

日本リスクマネジメント協会正会員 仲田 昌弘


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2014年12月26日

生活習慣のリスクマネジメント

「生活習慣病」という用語が社会で使われてから、「生活習慣」が病気の原因であったり「生活習慣」そのものが悪者であるかのような風潮があります。
今回はビジネスリスクマネジメント(リスクマネジメント協会)に連載されたコラムより、「生活習慣」は自らの生活機能を向上させるには必須の「ツール」であると認識し、「生活習慣」を生活機能の生理からの視点でとらえる“生活習慣リスクマネジメント”の具体的な処方を紹介します。

成人病と生活習慣病 
1960年「国民所得倍増計画」以降、高度成長を遂げた日本経済は国民の病気の傾向を徐々に変化させます。「脳卒中、がん、心臓病」等が全死因の上位を占め、40〜60歳の働き盛りに発症するケースが多くなり“三大疾病”=「成人病」と言われるに至ります。
「このような疾病リスク」を行政的にマネジメントする必要性から、リスクを左右する影響因子の主要因を「加齢」と固定することで疾病リスクを低減することを図られます。いわゆる成人病と位置付け、疾病リスクのマネジメントとして集団検診による早期発見、早期治療が有効とみなされ実践されてきたことです。
このリスクマネジメントは一定の成果をあげましたが、社会全体が高度成長期から変化するにつれて、疾病リスクを左右する影響因子として「加齢」より個々人の「生活習慣」を重視する事態に直面することになるのです。

1996年、公衆衛生審議会が厚生省に生活習慣に着目した疾病対策の基本的方向性について意見具申されます。成人病には疾病の発症や進行に個人の生活習慣が深く関与していることが明らかになり、生活習慣の改善や患者のQOL“Quality of Life / 生活の品質”に着目した予防への取組みの必要性が浮上することになります。疾病別に明らかになった生活習慣との関連を集約して、(1)生活習慣改善の実行可能な手法の提示、(2)改善実行の定着を促す、(3)患者のQOLの向上を目指すといった対策を推進することになります。経済を中心とした社会環境の変化に応じて、発症リスクマネジメントにおけるアセスメントの内容に変化が生じているということです。  

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図―1 疾病リスクマネジメントの基本フレームワーク(成人病)


疾病リスクマネジメントの基本フレームワークは「理想的な健康状態」を前提に設定し、「好ましくない影響を及ぼす危険因子」のひとつとして疾病リスクを定義、分析を行うなかで成人病の場合は「加齢」が主要な影響因子でしたが、生活習慣病では「生活習慣」になります。実践するリスクマネジメントは、「理想的な健康状態に好ましくない病気や障害」のリスクの消去・低減化・排除・移転が中心課題であることは変わりません。しかし、医療を提供する側だけのマネジメントから医療を受ける側のマネジメントも必要とすることが新たに加わります。
その後、WHOにおける「健康」の定義の変化で疾病リスクマネジメントの基本フレームが変わります。「理想的な健康」を前提ではなく「生活の動的プロセス」に焦点を当てたライフリスクを生命現象における不確定性の作用及び生活(人生)の過程での不確実なものの影響と定義されます。
「健康」というのは、生活の動的プロセスにおいてライフリスクをうまくマネジメントすることで獲得できるものであると整理されました。
     
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図―2  疾病リスクマネジメントの基本フレームワーク(生活習慣病)
  


行動生態
さて、この「生活の動的プロセス」とは… 「行動生態」:エソス、しきたり・習わし・気立て・気分・性向・性分・性格・気質・品性・風俗・風習・生活様式のような多様な意味を持ちます。
人間の体は、約60兆個の細胞と常在微生物群から成り立っていると言われ、人体の行動生態は先天的行動生態(天然・自然の力の働きによって与えられる生物の生理現象)を生理的円満を維持しようとする行動と後天的行動生態(大脳が関与する行動生態)が双方向で社会の中で機能している行動プロセスです。

生活習慣の役割
人の生活機能は、先天的行動生態が基礎になりますが後天的に経験を通じて習得していく習慣があることです。先天的行動生態(身体知)に後天的に行動生態を付加し、脳の中に行動ソフトを形成・保存されます。私たちの日常生活の行為のほとんどはこの行動ソフトによるものと言われています。
日常の行為(例えば、起床して洗顔、排尿・排便、食事の摂取の繰り返している行為)はほとんど習慣化され「習慣ソフト」として形成されています。ところが、環境がかなり異なる異郷の地に生活の場が移った場合、今までの「行動ソフト」が通用しなくなり、異郷の地を身体で感知・経験しながら書き換える必要性が生じてきます。そして、この脳の中に形成された「行動ソフト」は固定化せずに、常に環境の変化に応じてヴァージョンアップしながら更新していくものとなります。このように行動生態のプロセスは、日常生活の中で様々な生活機能にオーガナイズしていくことになります。従って、生活習慣のリスクマネジメントは常にライフリスクの為に準備をしておかなければならないことになります。
   
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図―3 行動生態と生活機能のフレームワーク
 

さて、どんな準備(道具)が必要かについては、「運動の仕方」「食事の仕方」「休養の取り方」「お金の使い方」そして「ものの見方・考え方」等・・・。
こういったものについて、次回から具体的に説明をしていきます。

日本リスクマネジメント協会正会員 仲田昌弘



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2013年05月10日

会社を蝕む老化現象とは・・・

企業の短命化が進む

新しい機器やソフトの取り合いに手こずる、以前は何でもなかった徹夜や連日の残業が体にこたえる、物忘れが増えた気がする・・・40代も半ばを過ぎた方であれば、思い当たることもあるのではないだろうか。年を重ねるにつれて心身の機能が衰退していく老化現象は、個人差はあっても誰もがいつかは直面する問題である。
 
同様に企業も老化するという。新しい技術や市場に対応できずにいるのに、積み上げてきた過去の実績が目を曇らせて、危機感を持てないまま衰退していく。そんな大組織や老舗企業が少なくない。株式時価総額の上位100社にランキングされる期間は、平均で7年程とのデータがある。企業価値を示す株式時価総額は、今後の成長に対する市場の期待を表す指標でもあるので、企業の勢いは約7年という見方もある。一昔前には50年とも30年ともいわれた企業の寿命は、いまや大幅に短命化している。

環境変化が激しくなっている・・・技術進化や市場の変化のスピード増は、ついていけない企業が振り落される構図である。産業の高度化・複雑化が進む現代で、資金力・ブランド力・技術力に勝る既存企業は優位なはずだが・・・。


社員の高齢化と競争力の関係

企業も成熟するほど新陳代謝が遅くなる傾向にある。例えば、電気各社の平均年齢は、パナソニックが44歳、ソニーが41.6歳、シャープが41.9歳、とサムスンの32.8歳を大幅に上回る。さらに、改正高年齢者雇用安定法の施工(60歳の定年後も希望者全員を雇用することが企業に義務付けられた。25年には65歳までの雇用を義務化)でますます深刻な高齢化に悩む企業が増えるであろう。

経験豊富な中高年には若年層にはない強みがあるのはもちろんだが、これほどの環境変化が激しい時代にあっては、柔軟性と機動力に富む若い人材の力は欠かせない。しかし、デフレスパイラルの経済状況下、組織の新陳代謝は進まず、成長が止まるおそれがある。「成果に報いる」という原則のもと、平均年齢約47歳の役員がリードするサムスンのスピード経営とは対照的である。


成功体験の呪縛と伝承されない失敗体験

過去の成功体験が足かせになる。昔成功したやり方こそがベストだと信じ込み、経済情勢も市場や競合も様変わりしているのに変われず、時代に取りに残される。現場が直面する危機的状況を上層部が正しく認識できず、過去の勝利の方程式に固執してじりじりと敗退を重ねる。・・・グローバル競争の中で苦戦を強いられる日本企業の現状を述べているようだが、「失敗の本質」(ダイヤモンド社)で明らかにされた、第二次世界大戦における日本軍の敗因の一つもである。

古くは古代ギリシャの歴史家トウキディデスも成功体験が楽観的な観測を呼んで判断を誤らせることを指摘している。成功体験を持つ成熟した組織ならではの危うさは、時代や民族の別なく共通に見られるものである。

失敗に学ぶことの重要性を説く本や識者は多い。全日空や中部電力は、過去の事故やトラブル事例を示す展示施設を設けたり、社内教育やミーティングの場で失敗体験を共有する取組みを行う企業がある。しかし、そうした努力をもってしても失敗体験の核心を伝えることは難しいのが現実ではあるという。

「失敗を憎んで人を憎まず」は失敗学の基本だが、生き生きと臨場感をもって語られる成功体験と、人に極力焦点が当たらないようにする失敗体験は十分に伝承されず、成功体験が判断を狂わせるという状況が生まれる。

20年後には3人に1人が高齢者となる日本。加齢を衰えではなく力に転換する挑戦が必要とされているのではないだろうか・・・?


自身の加齢とともに、気になる高齢化社会の現実を語る情報が目に止まることが多くなるのか? 実状なのか? そこには新たな市場が創出されることを見据えてチャレンジしたいと思う近頃です。
今月のリスクマネジメント「TODAY」に掲載された記事の一部をご紹介しました。

リスクマネジメント協会正会員 仲田昌弘

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2013年03月08日

山積する課題は宝の山 課題解決で世界をリード

少子高齢化、財政赤字、エネルギー問題、経済停滞等々…、日本には多くの課題が山積みです。そして、この多くの課題は同時に他の先進国の問題でもあり、いずれ世界の課題となります。
例えば、いま日本が直面する課題のうち最も重要で、他の問題に様々な形で影響をするのは少子高齢化でしょう。
1940年代、高度成長期には日本の人口は爆発するといわれました。しかし、60年後の今、少子化が問題視されています。経済・社会の発展とともに少子化するのは多くの国に共通して見られる現象で、他の先進国も同じ道をたどっています。従って、いま豊富な労働人口で急成長を遂げている新興国、いまだ人口爆発の過程にある発展途上国もやがて少子化へ転換することになります。そして、総人口が減る中で長寿化が進めば高齢化社会になるのは必然であります。1900年初めの人間の寿命は31歳、現在は68歳となりました。先進国に限っては、男性約74歳、女性約81歳に至っています。高齢化は人類史上、初めて生じた課題といえましょう。

高齢化の課題とは…
年金、医療費等の社会保障費の負担が重くなる財政上の問題がありますが、一方で産業においては最高のビジネスチャンスとなります。“課題を持つ者だけがそれを解決できる”真っ先に挑戦し、克服することで、世界に通じるモデルを創出して、グローバルに展開することが可能です。

発想の転換と思い切った行動が必要…
高齢者イコール要介護者を意識改革。なぜなら、日本の70~80歳のおよそ70%は自立しており、80歳超でも約10%は健康を維持しています。さらに支援や器具のサポートを借りれば自立できる人を含めるとその割合はさらに増します。体力の低下は致し方ありませんが、日常における問題解決能力や語録等の知力は増します。見方を変えれば、経済的、社会的支援を必要とする弱者ではなく、立派な人的資源といっても良いでしょう。
加齢による体力的な衰えをカバーする技術やサービスを作ることにより、教育や農業、あるいはものづくり場において、豊かな経験と深い知恵をもつ高齢者が果たせる大きな役割を引き出すことができます。

一方では、要介護者に対する不便さを解消したり、負担を軽減するための技術やシステムの開発も行わなくてはなりません。日本には優れた先端技術がたくさんあります。
例えば、「HAL」筑波大学山海教授が開発した脚力が低下した高齢者や下肢に障害のある人のためのロボットスーツ。体を動かそうとするときに脳から流れる生体電位信号を皮膚表面に貼ったセンサーが検出し、モーターが動いて歩行や動作をアシストします。
また、セコムの「マイスプーン」は、日本初の商品化された食事支援ロボット。両手が不自由でも、指先や足、顎など堅田の一部を動かすだけで、アームの先に取り付けられた専用のスプーンとフォークが食べ物を掴んで口元へ運んでくれます。自分のペースで食べられ、介護者の手を借りずにすみます。きちんとした服装で家族と同じテーブルで食事が可能となり、寝たきりとはQOL(Quality of Life)が大きく異なります。

ただ、日本ではこうした技術の実用化が進みにくい。事故が起きた時の責任・リスクの問題です。誰かがリスクを負わなければ新しい産業は生まれません。既存の産業に十分な成長余地があれば敢えてリスクをとる必要はありませんがが、日本経済を牽引してきた産業は今、グローバル競争のなかで苦戦を強いられています。どんな素晴らしい技術やアイデアも市場で使われて初めてイノベーションと言えます。超高齢化社会は日本が世界で初めて直面している課題であります。課題があるということはそこにニーズがあり、そのニーズに応えて解を導き出すことで、世界で競争力のある産業が生まれるでしょう。

このような創造型需要に活路を見出すこと、そしてその新産業には新たなビジネスモデルを創る必要があります。日本が得意とするキャッチアップ型の物つくりとは性質が異なり、すでにあるものに改良や改善を重ねてより良いものとするのではなく、ゼロからのものづくりをしなければなりません。

司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」にあるように、過去日本は常に目標とするモデルがありましたが、いま先進国にはモデルはありません。自らの課題に果敢に取り組み、自らの手でモデルを創ることが、日本が真の先進国になるための唯一の道でしょう。日本には高い技術力も勤勉で知的水準の高い労働力もあります。加えて必要なのは、リスクをとって新しいことに挑戦するマインドと、困難に負けない突破力でありましょう。「坂の上の雲」を自ら創る時代なのでしょう。

リスクマネジメント協会誌TODAYより抜粋
日本リスクマネジメント協会正会員 仲田昌弘


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2012年03月02日

やっていい値上げ・駄目な値上げ

企業はいま、企業物価指数(企業間取り引きされるモノの値段の水準/燃料・原材料価格の高騰等がこれにあたります。)の上昇と強いデフレ圧力(消費者物価指数は、一部商品の値上げがあったものの、全体ではこの2年間下落し続けています。)の板挟みに苦しんでいます。
企業努力でコスト増を吸収し、何とかしのいできたところも限界に近づいています。いわゆる川上インフレ・川下デフレの状況にあります。この環境を脱却する妙薬があるのでしょうか?


需要が供給を上回る状況下ではマーケティングは不要で、価格設定に頭を悩ます必要はありません。戦後から高度成長期にかけては、いいモノをできるだけ安く、効率的に提供してさえいれば飛ぶように売れる時代でした。多くの企業は価格について真剣に考えずにきました。そのため価格は、3K(勘・度胸・経験)で決め、中長期的な戦略もないまま価格競争に参入したりといった、場当たり的な対応しているケースが少なくありませんでした。


資源価格高騰で食品業界が値上げをした2000年代を見てみると…

カゴメは2003年に価格競争で値崩れしていた「野菜生活」を立て直しプラン、値上げに踏み切りました。関係良好な地域の関係良好なローカルチェーンストアから始めて、徐々に値上げ幅と地域を広げ、最終的に平均30%の価格引き上げに成功したのです。
小売り説得の決め手となったのはデータに基づく分析です。POSデータからヘビーユーザーが多く、値上げしても需要への影響は小さいことが判明し、地域内の他の小売りチェーンも是正価格で販売していることを確認して推進していきました。実際に値上げ後も需要は減りませんでした。
ところが、2007年に2回目の値上げをしたときは失敗に終わりました。理由は競合商品が一度目の値上げのケースとは違い、全く追随しなかったことがあります。その結果、競合商品にスイッチするユーザーが増えてシェアーを落としてしまいました。
データに基づく科学的分析は有効であることがいえますが、競合他社の動向の見極めは重要であることの教訓であります。


シェアーが拮抗するなかでの対応は…

ライバルとは違う価値を提供すること。
味の素の「ほんだし」は、シェアー5割を越す主力商品でありながら適正価格が維持できずに赤字を出し続けていました。そこで原材料や製法を全面的に改良して商品のグレードアップを図った上で価格を引き上げることで成功を収めました。(競合が同様に価格競争に苦しんでいたため値上げに追随したこともあるが…)
相応の価値を持ちながら、それが買い手に十分伝わっていないケースも多々あります。何がその商品の本質的な価値なのかを明確にしたうえで、きっちり訴求していく。それができれば商品を大きく見直さなくとも、適正な価格で売ることが可能です。


産学協働プロジェクトの実験で興味深い結果が得られました。
深層心理を探るデプス・インタビューとネットを使ったモチベーション・リサーチ(動機調査)、テキスト・マイニングなどを焼き肉調味料について調べたところ、
二つの大きな問題が…

・焼き肉が続くと飽きる、食べ進むうちに飽きる、二つの「飽きる」
・お母さんたちから子供が肉ばかり食べて困るという不満

対策は、“たれに野菜を刻み込んで家庭の味を創る”でした。
価格はそのままで売上が一気に9倍に伸びました。新しい用途を生み出して訴求したことで高い付加価値がついたわけです。どんな商品にもポイントとなる部分があります。その周りを深堀していけば、いままでになかった価値が必ず見つかるはずです。


デフレ慣れした消費者の値上げ策は…

値上げを消費者に納得してもらうためには“大義名分”が必要!
2007年に人権費や店舗賃料の違いを理由に、地域特別価格制度を導入して値上げを実施したのがマクドナルドです。都市部と地方では賃金や地下の水準に開きがあるのに、同じ値段で売るのはおかしいという理屈は消費者にとって納得し易いモノでした。
値上げするときは段階的に少しずつ上げる方がリスクは軽減されます。わずかの差なら、人は心理的な痛みをさほど感じないものです。一度に大幅に引き上げられるとひどく損をした気分になります。価格を決めるときにはPSM(Price Sensitivity Meter:価格感度測定法)を用いて、どのくらいの価格範囲であれば消費者がその商品を受容するかを推計します。この受容価格範囲を超えて値上げをすれば、別のブランドに乗り換えるか、商品の購入を控えるか、ユーザーの消費意欲が変化します。


日本では未だ、価格について戦略的ではないようです。競争の激化とコスト増により、利益の確保が困難な時代、デフレでも不況でもきちんと利益を出せる価格を設定することが重要なことです。
大変なことと思われますが…  その価格が需要家に受け入れてもらえるような仕組みを考えてみてはいかかでしょう。


日本リスクマネジメント協会正会員 仲田昌弘
*TODAY vol.66 学習院大学経済学部教授 上田隆穂 掲載記事より紹介


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2011年11月04日

超過災害にリスクマネジメントの標準的手法は通用しない!

今回の地震は、発生確率は低いがひとたび発生すると甚大な被害をもたらすテールリスクであると言えよう。
ナレーシブ・タレブは、誰にも予想できないけれど、一度起きてしまえば非常に強い衝撃を与える現象を「ブラック・スワン」と呼び、人間にはあまりにも大きなランダム性は見えないと指摘している。タレブが指摘するのは金融危機や同時多発テロのような人為的なもので自然現象とは異なるが、今回の地震はあまりにもレアであるが故単純な確立論では計れないという点では同じである。

リスクマネジメントでは、発生確率にそれによる損失額を乗じて定量化を行うが、そうした手法は比較的高頻度で発生する事象には対処できても、ブラック・スワン的な超過災害(予め設定された防災計画の目標を超える規模の災害)には通用しない。損失額についてはある仮定の下で円単位で算出できるが、もう一方の発生確率については「えいやっ!」の世界になる。

このようなブラック・スワン的なリスクに対して、どう管理すべきか?
求められるのは計算力ではなく、想像力や国語力、交渉力、そして哲学であろう。定量的な手法から離れて、ブレーンストーミングやインタビューなどの定性的な手法を用いて、社会全体のコンセンサスをつくる必要がある。
環境やCSRに積極的に取り組んでいる企業を評価し、投資や消費活動につなげる動きが広がっているが、それと同時に巨大災害などがあっても事業を継承し、企業としての責任を果たす準備をしている企業を、社会全体で後押しする必要があろう。企業は、そのために積極的に情報を発信して、身の証を立てなければならない。
経済的に対応可能なところで線を引き、それを超える脅威についてはあり得ないこと、知らなかったこととして、「想定外」とすませてはいけない。自分や家族の命について、ここから先は想定外だから仕方がないと簡単にあきらめる人がどこにいるだろうか?
会社の存亡や従業員の生活を我が身そのものと考える経営者ならば、ここまでやって駄目ならあきらめようなどと、簡単に線引きしないであろう。「想定内」も「想定外」もなく、すべては連続してつながっている。聞きたくない情報に耳を貸さず、見たくないことを見ないのが、“失敗するための最大の秘訣”といわれる。
ありうるであろう不都合な事態から目を逸らさず、想像力をフルに働かせることが、超過災害に対処、生き残るための絶対条件であると…。


『巨大災害から目をそむけてはならない!』


*2007年に刊行されたナシーム・タブレの「ブラック・スワン」は、同年にサブプライムローンの問題が発覚し、翌年にはリーマン・ショック、世界同時不況が連鎖的に起きたことで、世界金融危機の予言書とも評され、ベストセラーになった。
その昔、ヨーロッパでは白鳥といえば白いものだと誰もが疑わなかった。ところがオーストラリア大陸で黒い白鳥が発見されたことにより、長い間の常識が一瞬にして覆されてしまった。この話からタブレは、ほとんどあり得ない事象、誰も予想しなかった事象のことをブラック・スワンと呼び、次ぎ3つの特徴をもつとした。

○予測不可能である
○非常に強いインパクトをもたらす
○いったん起きてしまうと、後知恵でいかにもそれらしい説明がなされ、最初からわかっていたような気にさせられたりする。
 
人間は何でも理論化し予測しようとする性質を持ち、またそれができると信じている。実際には人がかかわる社会経済現象の定量的予測は不可能だという。特に見えにくいとされるのが大きな変動で、見える部分は非線形グラフの一部であることがある。
一般にある事象・現象の確立を考える時「正規分布」を集団のバラツキと理論づけるが、近年の経済現象の多くは正規分布でなく「ベキ分布」に従っていることがわかっている。人間の血圧なら平均値の数百倍という値はあり得ないが、純資産額なら十分にある。例えば、サンプルのなかにビル・ゲイツやウオーレン・バフェットのような大富豪が1人でもいればグラフの裾野は大きな値の方向に長く伸びる。正規分布では起こりえないとされるが実際にはある程度の確立で起こる。「ロングテール」「ファットテール」と呼ばれる。

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多くの経済現象と同様に、地震の発生頻度とエネルギーはベキ分布の関係にあるという。今回のマグニチュード9の地震や大津波、さらには原発事故が本当に予測不可能だったのか、ブラック・スワンであったのか、様々な意見がある。ただ確かなことは、その存在があるということである。


日本リスクマネジメント“TODAY”より紹介
日本リスクマネジメント正会員 仲田昌弘


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2011年10月18日

防災から減災へ

土木学会は、地震発生から2週間後に調査団を被災地に派遣、4月初旬には早くも調査結果速報を発表した。副団長の東京大学大学院工学系研究科・家田仁教授は、従来のリスクマネジメントがテールリスク(発生確率は低いが、ひとたび発生すると甚大な被害をもたらすリスク/1000年に一度の地震…)から目をそらしてきた事実を指摘し、脱却するカギを語る。

“巨大災害から目をそむけてはならない”

津波によって市街地、農地、漁業施設等約500km3が浸水被害にあった。太平洋戦争の際の全国の都市の空襲による焼失面積が530km3、比喩がおもしろいが、大変な規模であることは想像できるであろう。その一方で、避難達成率は平均すると87%以上でおよそ4人に3人は避難できた計算になる。約2万8000人もの死者・行方不明者数は激甚といわざるをえないが、過去の災害を糧にこれまで営々と積み重ねたことが、全くの無力ではなかったともいえる。

例えば、鉄道や高速道路のコンクリート高架橋は阪神淡路大震災で壊滅的な被害を受けたが、設計法や補強法が大幅に改善された結果、今回の地震では1980年代に建設された東北新幹線でもすぐに補修・復旧できる範囲の損傷で済んでいる。ハード面の対策に加えて、避難路の確保や避難訓練などのソフト面での対策を連携し総合的に取り組んできたことも事実であり、多くの人の命を救った。人間が学習する生き物であることが証明され、ここに光明を見出すことが重要であろう。

既存のデータや防災施設の設計値を大きく上回る巨大災害が現実に起こりうることを目の当たりにした。ある水準までは被害を出さないようにする「防災」、それを超えた場合でも少なくとも人命が失われるような壊滅的な事態を生じさせない「減災」を図り、必要な策は講じるべきとのコンセンサスは形成されたと思う。
「減災」の基本にフェイルセイフ化(セイフ・トウー・フェイル)の考え方がある。誤操作や誤作動があっても、事態が悪い方向に行かないようにする設計方法で、巨大災害に対して全く被害を出さないようにするのは無理であっても、人的被害を出さず、早期復旧が可能な範囲に止めることは可能である。
「防災」を目標とする範囲を拡大すればするほどコストがかかる。例えば、1960年のチリ地震津波の規模までなら、被害を全く出さないような防潮堤を建設することは不可能ではない。ただし膨大な費用がかかり、高さ30m以上もあるような防潮堤を何キロにわたって建設するのは賢明な策とは思えない。
「防災」と「減災」の範囲をどう判断するか…。1934年にまとめられた昭和三陸地震の復興計画では、巨大津波対策は、防潮堤や防潮林の効果は限定的で根本的には集落の高所移動しか打つ手はないと書かれ、当時の技術の限界である。しかし、いまは科学技術環境も社会環境も飛躍的に進化している。津波予報装置もGPS津波計として実現、その警報を伝達するツールも普及、避難のための道路も整備されている。(機能が十分に活用できない状況も今回はあったが…)つまり77年前に比べれば、短時間で遠くまで避難できるようになっている。今回の復興計画では、最新の技術を駆使し、それぞれの地域の環境や生活習慣に則した防災施設と避難計画を立て、「防災・減災」の範囲を見極める必要があろう。

福島第一原発については、過去に専門家が869年に起きた貞観地震の解析結果をもとに耐震性に問題ありと指摘、国も東京電力もそれを無視したと報道された。不確かなものへの備えの必要性の判断は難しい。原発事故の後に“なぜ想定できなかった”“対処しておかなかった”と責める人の多くは、少し前まで「無駄削減」を謳う仕分け人に喝采を送っていたであろう。問題は、どれくらい熟察したうえで経済合理性の有無を判断するかということである。
岩手県普代村では、三陸津波の教訓を踏まえて整備された高さ15.5mの防潮水門と全長300mの防潮堤が村民の命を守った。おそらく、建設時には費用がかかりすぎる、過剰防衛だと避難されたであろう。そのおかげで今回は、住宅への被害もほとんどなかった。

人間の体には肺も腎臓も二つある。仕分け的に言えば無駄なのだろうが、予備があるからこそ助かる命がある。自然界に存在するものすべて、途方もなく長い時間をかけてサバイブしてきている。いま自分の目に見えること、理解できる事だけで浅薄に無駄と決めつければ大きな過ちを犯しかねない。企業が効率化を推し進めるのは当然であるが、その結果として危機に対する脆弱性が増すことも理解したい。

地震発生の2週間後の現地では、仙台の中心部でも大手資本のスーパーやコンビニは機能していない状況であった。一方、地元資本の小さなスーパーや商店は、四苦八苦しながら店を開け、地震発生直後の本当に困っている被災者を支援した。
それが一ヶ月くらいすると状況が変わり、大手が店を開け、資本とネットワークの力を生かした効率的な作業により地元の人々の普段の生活を取り戻す力になっていた。ローカルにも大手資本にもそれぞれ良いところ、強みがある。どちらか一方が欠けていたら、被災地の人々はさらに困難を強いられていたであろう。
さまざまな自然災害リスクにさらされている日本のような国では、効率性と安定性の両方が大事であることが浮き彫りになった。どちらも認め合う文化を育てていくことが重要である。

今回の地震はまさに、発生確率は低いが、ひとたび発生すると甚大な被害をもたらすテールリスクといえる。超過災害“ブラックスワン的リスク”にどのように向き合って行くのか…?
引き続き、次回その内容を記載いたします。


※記載内容は、リスクマネジメント“TODAY” ―「これからのリスクマネジメントの話をしよう」−から抜粋し、紹介したものです。

新東産業株式会社 仲田昌弘 日本リスクマネジメント協会正会員


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