企業努力でコスト増を吸収し、何とかしのいできたところも限界に近づいています。いわゆる川上インフレ・川下デフレの状況にあります。この環境を脱却する妙薬があるのでしょうか?
需要が供給を上回る状況下ではマーケティングは不要で、価格設定に頭を悩ます必要はありません。戦後から高度成長期にかけては、いいモノをできるだけ安く、効率的に提供してさえいれば飛ぶように売れる時代でした。多くの企業は価格について真剣に考えずにきました。そのため価格は、3K(勘・度胸・経験)で決め、中長期的な戦略もないまま価格競争に参入したりといった、場当たり的な対応しているケースが少なくありませんでした。
資源価格高騰で食品業界が値上げをした2000年代を見てみると…
カゴメは2003年に価格競争で値崩れしていた「野菜生活」を立て直しプラン、値上げに踏み切りました。関係良好な地域の関係良好なローカルチェーンストアから始めて、徐々に値上げ幅と地域を広げ、最終的に平均30%の価格引き上げに成功したのです。
小売り説得の決め手となったのはデータに基づく分析です。POSデータからヘビーユーザーが多く、値上げしても需要への影響は小さいことが判明し、地域内の他の小売りチェーンも是正価格で販売していることを確認して推進していきました。実際に値上げ後も需要は減りませんでした。
ところが、2007年に2回目の値上げをしたときは失敗に終わりました。理由は競合商品が一度目の値上げのケースとは違い、全く追随しなかったことがあります。その結果、競合商品にスイッチするユーザーが増えてシェアーを落としてしまいました。
データに基づく科学的分析は有効であることがいえますが、競合他社の動向の見極めは重要であることの教訓であります。
シェアーが拮抗するなかでの対応は…
ライバルとは違う価値を提供すること。
味の素の「ほんだし」は、シェアー5割を越す主力商品でありながら適正価格が維持できずに赤字を出し続けていました。そこで原材料や製法を全面的に改良して商品のグレードアップを図った上で価格を引き上げることで成功を収めました。(競合が同様に価格競争に苦しんでいたため値上げに追随したこともあるが…)
相応の価値を持ちながら、それが買い手に十分伝わっていないケースも多々あります。何がその商品の本質的な価値なのかを明確にしたうえで、きっちり訴求していく。それができれば商品を大きく見直さなくとも、適正な価格で売ることが可能です。
産学協働プロジェクトの実験で興味深い結果が得られました。
深層心理を探るデプス・インタビューとネットを使ったモチベーション・リサーチ(動機調査)、テキスト・マイニングなどを焼き肉調味料について調べたところ、
二つの大きな問題が…
・焼き肉が続くと飽きる、食べ進むうちに飽きる、二つの「飽きる」
・お母さんたちから子供が肉ばかり食べて困るという不満
対策は、“たれに野菜を刻み込んで家庭の味を創る”でした。
価格はそのままで売上が一気に9倍に伸びました。新しい用途を生み出して訴求したことで高い付加価値がついたわけです。どんな商品にもポイントとなる部分があります。その周りを深堀していけば、いままでになかった価値が必ず見つかるはずです。
デフレ慣れした消費者の値上げ策は…
値上げを消費者に納得してもらうためには“大義名分”が必要!
2007年に人権費や店舗賃料の違いを理由に、地域特別価格制度を導入して値上げを実施したのがマクドナルドです。都市部と地方では賃金や地下の水準に開きがあるのに、同じ値段で売るのはおかしいという理屈は消費者にとって納得し易いモノでした。
値上げするときは段階的に少しずつ上げる方がリスクは軽減されます。わずかの差なら、人は心理的な痛みをさほど感じないものです。一度に大幅に引き上げられるとひどく損をした気分になります。価格を決めるときにはPSM(Price Sensitivity Meter:価格感度測定法)を用いて、どのくらいの価格範囲であれば消費者がその商品を受容するかを推計します。この受容価格範囲を超えて値上げをすれば、別のブランドに乗り換えるか、商品の購入を控えるか、ユーザーの消費意欲が変化します。
日本では未だ、価格について戦略的ではないようです。競争の激化とコスト増により、利益の確保が困難な時代、デフレでも不況でもきちんと利益を出せる価格を設定することが重要なことです。
大変なことと思われますが… その価格が需要家に受け入れてもらえるような仕組みを考えてみてはいかかでしょう。
日本リスクマネジメント協会正会員 仲田昌弘
*TODAY vol.66 学習院大学経済学部教授 上田隆穂 掲載記事より紹介
*TODAY vol.66 学習院大学経済学部教授 上田隆穂 掲載記事より紹介